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本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である。~太宰治『如是我聞』より 思春期であった当時の私の心は、この言葉にひどく安心させられた憶えがある。「ああ、僕はいま、孤独を感じているのだ」と、素直に認めることができたのであろう。いまにして思えば、その頃抱えていた孤独など、取るに足らぬものだったのかもしれない。それでも、その孤独を認めることによって、心が解放されたのだ。 読書と孤独における関係性は、必ずしもあるとは言い切れない。だが、私自身関して言えば、これ以降からいまに至るまで、本をよく読む時期は、不思議と心に空虚さ感じていた時期であったことは認めざるを得ない。だからこそ、本を読むことで、その心に空いた穴を埋めようという潜在意識が働いたとも考えられる。つまり、孤独を感じていたのだ。 最近、また太宰さんの本をよく読む。思春期の頃も、そして今も、変わらず私の心を、満たしてくれるのだ。
by oobayouzou
| 2011-04-16 20:04
| 4.駆け込み、謳え
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